靄をなぞる

旅先で目にしたものを描くことが多い。
日々入れ替わる自分(多重人格という意味ではない)と、たまたま遭遇する風景(あちらも入れ替わっている)を見て、そこにはいなかったかも知れない自分のことを考えたりする。

行為の痕跡をなぞって描き進めることを最近の制作の決まりにしている。
具体的には一度描いた絵を塗りつぶした後に画面に残る色むらや描いたものの影、筆跡など、画面にあるものを手掛かりとしてなぞるように描いている。
何度か絵を消した後に徐々に手元に残るかたちは、私が風景に抱いている感覚と重なってくる。

夏の雨上がりの登山路は少し靄がかかっていた。
頂上を目指して歩き出すとすぐ虫の羽音が耳元をかすめてくる。ブゥーン。ブゥーンと。
折りたたみ傘を半分開き道を探しながら振り回してできるだけ早足でゆくのだけど、追いかけて来るように、多分そこら中にいるせいでそうなのだけど、虫が頬や鼻先にぶつかる。驚いて足を踏み外し崖の底で死んだ体を群がっているハエのイメージが立ち上がる。ゆっくりと立ち止まって、草木を観察する余裕はない。

2018 spectrum gallery 個展 "靄をなぞる" によせて